■ ビットコイン急落。 2026年2月6日
今日(2026年2月6日)、ほぼ全ての仮想通貨が急落している。
SNSを覗くと、仮想通貨の下落を受けて「もう無理だ」「終わった」「破産だ」という言葉が溢れている。ようやく、そんな雰囲気が感じられるようになってきた。

私の個人的な見解を言わせてもらえば、1BTCが8万ドル〜9万ドルあたりで横横(ヨコヨコ)していた時期のSNSを見ていて、「まだまだ悲壮感が足りないな」と感じていた。
当時は「まだまだ大丈夫」「ここからまた上昇する」という楽観的な雰囲気が、まだ色濃く残っていたからだ。だが、投資の世界では、意志の弱い者が「やっぱりもうダメだ」「限界だ」と白旗を上げて投げ出した時こそが、本当の意味での整理(淘汰)の始まりだと思っている。
「無知」と「無関心」という人生最大の損失
Windows95が出た時、IT革命が起きた時、GAFAが世界を塗り替えた時。私は紛れもなくこの世界で生きていた。でも、私は投資に「無関心」だった。「無関心」であるということは、今思えば、何もする術(すべ)もないし、検討することすらできない状態なのだ。
正しく言えば、与えられなかったわけではない。その権利を自ら放棄していたのだ。「無知」とは、放棄するつもりがなくても、結果的に放棄したことに等しい。その「無知」と「無関心」こそが、人生最大の損失だったと、今になって痛感している。
だから、仮想通貨という新しい波が来た時、私は「信じない」という選択肢を捨てるために仮想通貨市場に参加した。市場が価値を認める方向に動いた時、その輪の中にいないこと自体が、最大のリスクだと考えている。
私は、この保有分をあと10年は寝かせるつもりだ。10年後、これが本物の「ゴミ」になっているか、それとも「資産」になっているか。いずれにせよ、私は「自分の意志で判断した」だけだ。
仮想通貨の話をしたが、この認識は全ての投資において不変の原理だと思う。
☕ 管理人の独り言
「信じない」と決めるのと「知らないから持たない」のは、似ているようで全く違います。50代になった今、私はようやく「自分の無知」を認め、その上でリスクを背負う面白さを知りました。嵐の夜にこそ、自分の背骨が試されますね。


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